ヤマナシンドローム

「これは厄介な病気ですよ」と、高坂医師は警鐘を鳴らす。

週末に山梨を訪れていたAさん。月曜日の朝に目覚めると強い倦怠感と虚無感に襲われ、その日は仕事にならなかったという。そのような症状が数日続いたため、Aさんは病院で見てもらうことにした。
高坂医師:「どうしました?」
Aさん:「月曜日から強い倦怠感と虚無感が抜けなくて・・・」
医:「そうですか。週末、何か変わったことはありましたか?」
A:「ええ、山梨へ行ってきました。」
医:「その様子、詳しく聞かせてもらえませんか?」
A:「普通電車に乗って山梨に行ったのですが、上野原で「花と空*1」を聞いたときに、得も知れぬ開放感を感じたんです。」
医:「それで?」
A:「笹子では途中下車して、笹子餅を食べたんです。やっぱり出来立ては美味しかったなぁ。(恍惚の表情で)」
医:「良かったですね」
A:「そうそう、御坂で桃狩りもしてきたんです! 先生、僕は固めの桃が好きなんですが、それをしこたま食べれるなんて、まさしく桃源郷ですよ、ええ。(ドヤ顔で)」
医:「・・・」
A:「‘桃’狩りだけに‘桃’源郷、みたいな」
医:「分かってますよ。2回言うほどの事じゃないですよね?」
A:「すみません。あと、鳥もつ煮も食べましたよ。縁を取り持って欲しいものですよ、まったく」
医:「レバーは鉄分が豊富に含まれてるから、体には良いんじゃないですか?」
A:「そうそう、噂のココリにも行きましたよ。近場のanimateに「こえでおしごと!8」の限定版が売っていなかったので、ココリの中にあるanimateで買いました。出先で本を買うと、それを読むときにその時の記憶も思い出されるから、出先で本を買うのが好きなんです。」
医:「はぁ、そうですか。(呆れながら)」
A:「帰りの道中、あと1駅で旅が終わると思うと、なんだか物悲しくて。そして、月曜日の朝に至るってわけなのですが。」
医:「(Aさんを一瞥しながら)それはヤマナシンドロームですね」
A:「ヤマナシンドローム? ダジャレですか?(半笑いで)」
医:「(咳払い)」
A:「すみません・・・」
医:「山梨を訪れた人の約4割*2がその翌日に発症すると言われている病気で、非日常と日常の切り替えが上手くいかないことに起因しているのです。」
A:「はぁ。」
医:「話を聞く限り、あなたの場合は日常にほとほとうんざりしているとお見受けしました。そこに、「山梨を訪れる」という非日常を経験したがゆえに、心は日常に非ずといった状態になっているのです。これはね、厄介な病気ですよ。何しろ、長いスパンで治療をしなければなりませんから。」
A:「そうですか。(しょんぼり)」
医:「でも、心配することはありません。定期的に山梨に行きさえすれば、日常生活には何ら支障がありませんから。」
A:「それでも、山梨に行くとなるとお金も時間も掛かりますし・・・」
医:「確かに、それもそうですね。じゃあ、黒玉を出しときますから、調子が悪い時に1つ服用して見てください。それで症状は緩和されるはずですから。」
A:「信玄餅じゃダメなんですか?」
医:「あれも良い薬ではありますが、いかんせん服用が難しいのでね。机はきな粉まみれになるし、むせるし。でも、却ってその方が良いという人もいるので、何とも言えませんが。」
A:「わかりました。」
医:「黒玉が切れたらまた来てください、お出ししますから。もっとも、ご自分で買いに行かれた方がもっと効果的かもしれません。」
A:「アンテナショップで買うのはどうなんですか?」
医:「やっぱり山梨で買われた方が、あなたの場合は効果があると思います。やっぱり、山梨の景色や雰囲気を味わうのが一番の薬ですから。」
A:「そうですか、わかりました。」
医:「はい、お大事に。」

ヤマナシンドローム。言い換えれば、それだけ山梨が魅力的だということでもあるんですがね。あそこは、まさしく桃源郷ですよ、ええ。」
高坂医師はそう締めくくる。

*1:上野原駅2番線の発車メロディー。長い間我孫子駅のみで使われていたので、我孫子のイメージが強かったり。ミステリアスな雰囲気が良い感じの曲です。

*2:高坂医師調べ