たすけて、るさんちマン!

 目の前で広がる赤い血しぶき。さぞかし爽快な気持ちで逝けるだろうか。理性と薬でその衝動を抑えつけ、ボクは電車に乗る。後悔、恨み、希望、安堵。これら諸々が入り混じった、一言では言い表すことのできない複雑な感情がボクの心をちくりちくりと痛みつける。いたたまれなくなったので、途中下車することにした。駅についてドアが開くなり、ボクは叫んだ。
「たすけて、るさんちマン!」
 大きな声ではっきりと、歯切れよく。そうしないと、るさんちマンに声が届かないのです。突然のことに唖然となる周囲。そんなことお構いなしに、ボクは改札へと向かったのでした。

オペレーター:「依頼が来てますよー」
るさんちマン:「場所は?」
オペレーター:「伊勢原駅前のミスドです。これが依頼者のデータ、向かいながら目を通しておいてくださいねー」
るさんちマン:「ふむ、了解した」



 お昼がまだということもあって、汁そばを頼んだボクが割り箸を手にしたとき、彼はやって来た。
るさんちマン:「君が依頼者かね?」
ボク:「あ、るさんちマンさん。お待ちしてましたよ」
るさんちマンは僕の向かいに座った。
ボク:「行儀が悪いですけど、麺が伸びちゃうんで食べながらでもいいですか?」
るさんちマン:「それは構わないが……」
ボク:「あっ、良かったらドーナツ1つどうぞ。わざわざご足労をお掛けしているので」
るさんちマン:「それでは、お言葉に甘えて」
そういって彼はオールドファッションハニーに手を伸ばす。
ボク:「えっ、そっちですか!」
るさんちマン:「えっ?」
ボク:「海老名にも本厚木にもミスドはあるけど、オールドファッションハニーは取り扱ってないんです。だから、ボクは伊勢原までドーナツを買いにくるんです」
るさんちマン:「そうなのか……(データ通り、七面倒くさい人間だな) じゃあ私はこっちのカスターショコラを頂くことにしよう」

るさんちマン:「それで、話というのは?」
ボク:「そうでした、そうでした。最近、ボクの中の恨み辛みを抑えることが難しくなっているんです」
るさんちマン:「詳しく話を聞かせてくれないか?」
ボク:「こうなってしまったのは、全てボクが悪いんだと思って、ずっと自分を責めてきたんです。でも最近、『本当にボクだけのせい?他にも要因があったんじゃないの?』と疑うようになったんです。それに気づいてからというものの、ボクの心の中には殺意が息をひそめているのです」
るさんちマン:「その殺意というのは、誰へ向けられているんだ?」
ボク:「最初はボクの人生を踏み躙った他者に向けられていたの。とはいうものの、やはりボクにも責任があるわけだから、それは違うなと感じたんだ。だから、殺意はボク自身に向けることにしたんだ。でもね……」

 ボクは汁そばの麺をちゅるりと啜ってから話を続ける。
ボク:「やっぱりあいつらに目に物見せてやりたいんだ。だから,あいつらの目の前で死んでやったら少しはすっきりするかなって思ってる。もちろん、死ぬのは怖いけどね」
るさんちマン:「君は本当にそれでいいのかい?」
ボク:「ボクだって出来ればもう少し生きていたいですよ。今学期は哲学・地誌・日本史とボクの知的好奇心をくすぐる授業が目白押しですから。でも、結局は研究が出来なきゃどうしようもないわけで」
るさんちマン:「答えはすでに決まっているんだろう?」
ボク:「ええ、まぁ。戻らざるを得ないんですよ、結局は。理性は『早く持ち場につけー!』って煽ってくる。けれども欲望は『死を意識するくらいならそれはわがままではないし、辞めてしまえば良い』って。どっちも間違ってはいないんですよ、間違ってはいない」
 自分に言い聞かせるようにボクは言う。
ボク:「そうなったときに、理性と欲望を仲介するのは自我の役割。ボクは疲れてしまいました。どの選択肢を選んでも、乗り越えなければならない壁があって、果たして自分に乗り越えるだけの力があるか不安で仕方ないんです。」
るさんちマン:「確かに、自分を正当化するために他者に対してルサンチマンを抱いていても、それは何の解決にもならないし、かえって辛いだけだろう? それは君も分かっていると思うのだが」
ボク:「やるべきことはわかっている。けども、それが出来ない。ボクはどこまで墜ちていくんでしょうか……」
るさんちマン:「その葛藤がルサンチマンとして体現されているのは決して好ましい状況とは言えないが、何とかしたいという思いがあるのなら、ルサンチマンに行きつかない様向きを変えてやればいい。それだけのことだよ」

ボク:「この前、お世話になった先生と話をする機会があったのだけど、『君は少し慎重すぎるからね』って言われたんです。確かに、リスクが1つでもあれば躊躇する。石橋を叩くどころじゃなくて、重機でぶっ壊しかねないくらい確かめないと重い腰が上がらないんです」
るさんちマン:「リスクは誰だって怖いものだよ。それでも自分で決断を下さなければいけない時だってある。それも知っているだろう?」
ボク:「痛いくらい分かってはいるんです。今日、勢い余って『近々決断しますから』と言ってしまったので、数日のうちに冥界から召喚状が来ることをひたすら祈らざるを得ません」
るさんちマン:「そういえば、君は哲学に傾倒しかけてるそうじゃないか」
ボク:「えぇ、そうですが。それが何か?」
るさんちマン:「哲学、あれは良いものだよ。人類の叡智の結晶と言っても差し支えないくらいだ。君が求めている答えこそないものの、解決のきっかけには十分なるだろう」
ボク:「どうしてそう言い切れるの?」
るさんちマン:「偉大な哲学者もまた、悩みを抱えていたからな。ある研究者はこんなことを言っていた。『哲学者とは医者のような存在とみなされがちだが、悩みと真摯に向かわざるを得なかった患者に例えるべきである』と」
ボク:「なるほどね」
るさんちマン:「辛い今の時期も、哲学に救いを求めることも、決して無駄なことではない。それだけの経験をしているのだからな」

ボク:「話を聞いてもらえて、少し楽になったよ。ありがとう、るさんちマン」
るさんちマン:「礼には及ばない。ルサンチマンを解消させる、これが仕事だからな。おっと、そろそろ戻らなければ。また何かあったら呼んでくれたまえ、さらばだ」
 るさんちマンが去った後、ボクはカフェオレをお代わりする。砂糖を多めに入れた甘いカフェオレで一息ついて、ボクは店を出る。入るときに比べて軽やかな気持ちと足取りで明日へと向かう。
*この物語はフィクション(一部事実)です。

 はい、というわけで今日の駄文でした。ルサンチマンってなんかヒーローっぽい名前だよなと思ったのがそもそもの始まり。ダジャレですか(´・ω・`) こういうことしてるのが楽しいんです。それが何か? 状況は何一つ変わってはいない。冥界からの召喚状、早く来い!